幸せと不幸の相関関係。選ぶのは“あなた”。イタリア映画『ザプレイス 運命の交差点』が描く人生の岐路。

舞台はローマのとあるカフェ。
男は朝から晩まで店の一番奥の席に座り、訪れる客の話に耳を傾ける。

「息子をガンから救いたい」と訴えるひげ面の中年男。
「神を感じなくなった」と言う修道女。
「アルツハイマーになった主人を助けたい」と泣く高齢の女性。
生きる意味を見いだせない盲目の若い男性。

彼らの“主訴”に対し、男は解決手段(?)を告げる。
「息子を救いたいなら、少女を殺せ」
「神を感じるために妊娠しろ」
「主人を救うには爆弾をしかけろ」
「女を犯せ」

などなど。見始めた時には滅茶苦茶に感じた
男のアドバイスだったが、映画が進むうちに
何かと何か、誰かの相談と誰かの相談が男の解決手段で結ばれていく
ことに気づかされる。

果たして、男は意図を持って手段を告げているのか?
相談者の自分勝手にも思える欲望を拡散させようとしているのか?

わからなくなってきた。

男は分厚いノートに、それぞれの記録を残している。
もう何年、この場所に座り続けているのだろう?
朝昼晩の食事をここで取ることで、店から座り続けることに
対する許しを得ているのだろうか?

そんな現実的な想像が時々頭をよぎったが
そのたびに横に置き、男と映画が目指す結末に
神経を集中させていった。

映画の背景に流れる曲は
カフェのジュークボックスから響く名曲「Sunny」。
カメラが映し出すのは男と相談者とカフェの喧噪だけ。
見る者は相談者の話を、自分の頭の中で映像化していく。

男が相談者に示した方法は
ラスト数分の間に結果が出た。
不思議なことに、男のアドバイスが実を結んだ者。
失敗して命を落した者。
反省して警察に自首した者など。

男が彼らに告げたかったことは・・・

人の幸せは誰かの不幸の裏返し。
自分の欲望だけを求め続けたらどうなるのか?

といって、自分の欲望を満たすことも大切。
「人の不幸を聞き続けることはもう辞めたい」という
男の告白は、この気づきからきたものだと感じた。

だから、男はカウンセラーという職業ではない。

何らかの理由から男は、この席に座り
人の話に耳を傾け続けたのかもしれない。

自己反省? 贖罪? 厭世観?

あるいは

希望を見出すため? 人を愛するため?

結局のところ、すべては表と裏でできている。
コインのように。

人の心もまさにコインの裏表。

ということに気づくことが
自分自身を救うことだと実感した。

男の顔が苦しみを帯びるごとに
カフェのグラマーな女性が話しかける。

私には彼女が・・・

十字架にかけられたキリストに近づいた
マグダラのマリアのように見えた。

男を救うだめに神様から下された
天使のように。

長い、長い連休の間の一日。
この映画を見ました。

連休をめいっぱい楽しむ人の裏で
連休を持て余している、
どこへも行けない人もいる。

自分の状況をどう捉えるか。
それは自分次第です。

幸せも不幸も
自分で選び、自分で感じるものだから・・・・

自分の心を自分でコントロールする方法を得る。
それがカウンセリングで手に入れることの一つだと私は思います。

カウンセリングは、
あなたのザプレイスのようなもの。

だと私は思います。

でも、カウンセラーと映画の主人公が
相談者に与える題材や方向性
テクニックは異なります。

あ~、イタリアに行きたい!
そんな思いにも駆り立てられました。